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詳しい証券会社の解説

「官から民へ」不況期には、「官から民へ」といわれ、官が介入せずに、自由に民間活力に任せよといわれる。 需要が不足し、民間に活力が生まれないからこそ不況になったのであり、ただ民間活力を使えといっても使いようがない。
そのため、余っている貴重な生産資源を有効利用するには、官が介入せざるを得ないのである。 そのとき、官から民へと騒げば、官は何もしないことになり、失業が放置されてかえって無駄が発生する。
そもそも「官から民へ」というスローガンは、資金を「官対民」で取り合っていると理解していることから出てきている。 公共部門の支出といっても、結局は国民から税金をとり、公共事業や減税、国債の元利支払いなどによって国民に返しているだけであり、ようするに民から民への金の流れを、官が仲介しているだけである。
したがって、官は民の異なるグループ間の金の奪い合いの代理人のようなものであって、本質は「民対民」である。 こう考えれば、政治献金も官僚への過剰接待も、金の奪い合い過程で利益を受ける民間のグループが、代理人に自分の思い通りに動いてくれるインセンティブを与えるために行われるものとして理解される。
代理人にとってみれば、一度予算が割り当てられれば、使うということだけにチエ。 クが入る。

そこには倒産の心配もないし、効率的に使ったからといって何の報償もない。 また、一度獲得した予算を割り当てるさいに特定団体に便宜を図れば、権力を行使して偉くなった気分になるし、接待もしてもらえる。
そのため、不況期には積極的に公共投資を行えということになると、民間の経済活動の停滞分を補うという本来の目的はそっちのけで、自分の支持母体への利益につながる政策を第一に考える。 だからこそ、公共投資をやっても無駄なものばかりができることになり、不況期の悪者探しと相まって、公共投資などやらない方がよいということになってしまう。
こうして結局は、公共部門は何もしなくなり、かえって余剰資源が増えてしまう。 こうしてみると、政治家や官僚は、人間の本性である利己的な行動とは違った、自己規制を要求されていることがわかる。
もちろん政治家や官僚は聖人でも神様でもないが、そうかといって根っからの悪人でもない。 一般の多くの人と同じごく普通の人間性を持つ人間が、長い間このような状況に浸かっていれば、感覚が徐におかしくなるのも理解できないことはない。
そのため、余剰資源を活用するという、公共部門本来の目的が実行されるのは、容易なことではない。

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